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メモ:なぜ少数サンプルによる分析では不十分なのか。

取り敢えず今,思いついたことを書き殴る。

今,世界の牧畜地域で問題となっているのは放牧地の荒廃である。この荒廃は,絶対量として家畜の数が放牧地を上回っているからという側面もあるが,同時に家畜がある一定の場所に偏在しているからという側面もある。すなわち,放牧地がその生産能力の多くを発揮することがなく,大部分の地域では草が余っているのに,一部の地域には家畜が集中してそこを中心として荒廃していくという場面も多いのだ。

家畜が一定地域に集中する傾向の要因はいくつもあるが,見逃せないのが社会的な要因に基づく放牧地の価値付けだ。例えば,道路に近い放牧地は便利だ,物を売るにしても買いに行くにしても,移動するときも近くまでトラックを持ってきて家畜を乗っけて運ぶことも可能だ。また,乾燥地であれば,井戸が近くにあれば便利で楽だ。マーケットや街が近くにあれば良いという場合もあるだろう。つまり,生態的な意味での放牧地の価値はあんまり変わらないのだが,社会的な要因で付与される放牧地の価値を求めて集まってくる人と家畜も多いのだ。

こう考えると,かつて行われてきたキャリングキャパシティを推定すると言った試みは,それだけでは不十分と言える。つまり,大きなバケツのなかに水があり,そこには現在ある量に応じて新たな水が蛇口から供給されており,これを持続的に使うには全体量と出てくる量を考える,というように,我々が想定するような「合理的な資源利用」のイメージは,実際の資源利用の場面には適応できないのかも知れない。

じゃーどうしたらいいの?ちまたでよく言われているような共同管理ならば解決するのだろうか?そうとも思えない,やっぱり共同利用であったとしても,その内部でどのように意志決定がなされているのかを詳細に明らかにしていく必要があるだろう。

以下,続く。
by shanggelila | 2007-05-16 16:00 | 研究
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