カテゴリ:研究( 13 )

COEは玉石混合?

グローバルCOEプログラム

うちと極めて近い研究所がグローバルCOEをゲットしたらしい。

グローバルCOEとは,(以下引用)平成14年度から文部科学省において開始された「21世紀COEプログラム」の評価・検証を踏まえ、その基本的な考え方を継承しつつ、我が国の大学院の教育研究機能を一層充実・強化し、世界最高水準の研究基盤の下で世界をリードする創造的な人材育成を図るため、国際的に卓越した教育研究拠点の形成を重点的に支援し、もって、国際競争力のある大学づくりを推進することを目的とする事業らしいですよ,奥さん。

これまでに20世紀COE,21世紀COEと来て,今度はグローバルCOEらしい。うちの界隈の研究室は,これまでずーーっと,COE関連に関わってきた。その閉めのシンポジウムとかにも結構参加してきたし,うちのやつ以外にもCOEの閉めシンポには結構参加してきた。

が,ひどいの一言につきるCOEシンポがかなりあった。歩留まり10%程度のような感じ。もちろん,まともなCOEもたくさんあるのだと思うが,酷いのはどうにもなんない感じのやつになる。雑多な研究の寄せ集めなうえ,個々の研究も,5年間で完成させたとは思えない半端なものばかり。まー,酷いのはシンポだけで,中身はまともな物かも知れないが,報告書を読む気力はない。

文科省はホントに21正規COEの成果をきちんと検証したのかなー?まー,もとの親分みたいな人が審査員長だったりするわけでね。

まー,こんなもんなんでしょうけどね。今回のCOEでは,助教を多く採用するように定められているらしい。だから,今後一年くらいは助教のポスト募集が多くおこなわれることでしょう。実質的にはポスドク救済策ということなんでしょうね。うれしいけどなんかブルーになるなー。
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by shanggelila | 2007-06-18 16:12 | 研究

ディシプリン研究会とチャンポン研究会。

先日,研究会があった。その研究会はちょっと変わっていて,特に関連のなさそうなテーマが4つくらい集まって,それぞれの具体的な内容を討論するというよりも,それぞれのまったく異なるテーマが依拠している方法論の違いを考えようというちょっと無謀で,かつ面白そうなものである。

確かに先生らは楽しそうに参加している場面があるのだが,正直,学生らはあんまどのように取り組んでよいのかが解らない感じだった。そこで先週,提案されたのがもう少しテーマを選んでジェンダーならジェンダー,貧困なら貧困という形でテーマを選んだり,共通する地域として発表者を選んだりといったものがあっても良かったんじゃないのかという提案が学生からでた。その方がちゃんとした討論が可能であるし,議論もし易いということであった。

ある意味そーだなとも思ったがホントにそーかなとも思った。

テーマを選んだゼミは多い。社会学,人類学,農学とかそれぞれの講座が,おおよそディシプリンに基づいたゼミをやっている。私は自分の興味関心からいろんな研究会に出るようにしているが,実際にディシプリン・ゼミならばちゃんとした議論がおこわれているのか?私はそうは思わない。少なくとも発表内容と聴衆のディシプリンが一致しただけでは白熱した面白い議論にならない。

特にディシプリンゼミで多いのは,細部の突っ込みに終始する場面。その国での法律は・・・,その地域での民族構成は・・・,などと言ったことを聞いたあげく,発表内容とどうリンクして議論を発展させるのかを考えていない質問をするやからが多い。傍目で見ていると,そんなことは後で聞け,あるいは本で読めと言いたくなる。あんたの研究に関連した知識欲求を満たす場面ではないと言いたい。

後,やたら自分の研究を紹介するやつ。一応,質問はするのだが,その前置きとして自分の研究のことをやたらと語りだして結局,質問だけで5分くらいしゃべるやつが居る。結局,質問から逆算すると本人の研究紹介はいらないことが多いし,自分のことをしゃべるのは自分が発表者のときにやるべきだ。なのに,だらだらと「私の調査地では・・・」みたいな。

ディシプリン研究ではこういうやからが増える。もちろん,研究会でこういう突っ込みがあっても全然問題ない。が,決して議論の発展には寄与しているとは思えないし,その質問を通して発表内容への理解が深まる訳でもない。

もちろん,ちゃんと内容に沿って議論を進めることができるヒトも居るわけであるが,実はそういうヒトは,テーマが自分のディシプリンと一致しようがしまいが,それなりの態度で発表を聞くことが出来るし,面白い視点で内容に突っ込むこともできる。結局は研究会が面白くなるか否かはヒト依存ということになるのだと思うがどうだろうか?
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by shanggelila | 2007-06-04 11:11 | 研究

メモ:なぜ少数サンプルによる分析では不十分なのか。

取り敢えず今,思いついたことを書き殴る。

今,世界の牧畜地域で問題となっているのは放牧地の荒廃である。この荒廃は,絶対量として家畜の数が放牧地を上回っているからという側面もあるが,同時に家畜がある一定の場所に偏在しているからという側面もある。すなわち,放牧地がその生産能力の多くを発揮することがなく,大部分の地域では草が余っているのに,一部の地域には家畜が集中してそこを中心として荒廃していくという場面も多いのだ。

家畜が一定地域に集中する傾向の要因はいくつもあるが,見逃せないのが社会的な要因に基づく放牧地の価値付けだ。例えば,道路に近い放牧地は便利だ,物を売るにしても買いに行くにしても,移動するときも近くまでトラックを持ってきて家畜を乗っけて運ぶことも可能だ。また,乾燥地であれば,井戸が近くにあれば便利で楽だ。マーケットや街が近くにあれば良いという場合もあるだろう。つまり,生態的な意味での放牧地の価値はあんまり変わらないのだが,社会的な要因で付与される放牧地の価値を求めて集まってくる人と家畜も多いのだ。

こう考えると,かつて行われてきたキャリングキャパシティを推定すると言った試みは,それだけでは不十分と言える。つまり,大きなバケツのなかに水があり,そこには現在ある量に応じて新たな水が蛇口から供給されており,これを持続的に使うには全体量と出てくる量を考える,というように,我々が想定するような「合理的な資源利用」のイメージは,実際の資源利用の場面には適応できないのかも知れない。

じゃーどうしたらいいの?ちまたでよく言われているような共同管理ならば解決するのだろうか?そうとも思えない,やっぱり共同利用であったとしても,その内部でどのように意志決定がなされているのかを詳細に明らかにしていく必要があるだろう。

以下,続く。
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by shanggelila | 2007-05-16 16:00 | 研究

助成金が宴もたけなわ

今,研究室の周辺は,皆,助成金の申請書書きにいそしんでおられます。

学振とか,科研費とか,トヨタとかね。その他にもいろいろあるみたいですけどね。

なんか日本の研究者の一生って,「申請書書き」→「ちょこっと調査,あるいは実験」→「結果レポート」→「申請書書き」以下無限ループって感じで,実際に研究に携わっている時間はそんなにないかも知れない。

これに委員会とか会議とかが入れば,もー日程はカツカツで,海外で調査なんて夢に過ぎない。
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by shanggelila | 2007-05-10 10:09 | 研究

ウわー連休も終わりだなー

前半は出ていたので後半は仕事しなきゃ。当座よりべきことをまとめると,

○ サルウィン川流域の地図作製
○ 科研の書類
○ 発表準備
○ 育英会の書類

こんなもんか。めんどい。
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by shanggelila | 2007-05-04 11:50 | 研究

idrisiを使った非ランベルト幾何補正がほぼOK

苦節半月,ついにidrisiという入門用ソフトのしかも古いバージョンを使いながら,お金をかけずにASTERデータの解体,非ランベルト幾何補正という道のりがほぼ終わりを迎えています。ようやく,ここまで来たという感じ。やっぱりidrisiは入門用ソフトだけども,機能的にはerdasとかに遜色はなく,かなり直感的な感じで使い易かったと思う。とりあえずバンド2,3,4だけ加工してみてNDVIとNDWIを出してみたが,なんとなく良く出来てる感じ。今まで陰だった部分もかなり明確に成っている。

しかし,この作業は最終目的までの1作業でしかなく,今後は「土地被覆の教師付き分類」→「そのチェック」という作業が待っている。取り敢えずWGS84の位置データをUTM座標に一括変換してくれる方法を探さないと死ぬな。

現在のイメージ
ASTERの非ランベルト幾何補正

土地被覆分類

遊牧民(家畜)の移動分析,ファクターは傾斜度,傾斜方向,土地被覆,標高など。

これで大分,生態的な材料は揃ってきたような気がする。
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by shanggelila | 2007-04-23 13:59 | 研究

幾何補正済み。

やっと幾何補正が終了。RMS誤差が0.5までいったんでいいでしょう。もうしんどいったらなんたら,これは。
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by shanggelila | 2007-04-16 17:21 | 研究

idrisiを用いた非ランベルト幾何補正(メモ)

いずれどっかにまとめるとして,idrisiを用いた非ランベルト幾何補正に関するメモ書き。ATCORとかを用いたらもっと楽だけど,うちの研究室ビンボーだし。Erdasとかもあるけどidrisiの方が直感的に扱いやすい。軽いのでフィールドでの操作も可能。

ソフト:idrisi
材料:Asterの中国北西部の山岳部(オルソ済み,DEM付き)

流れとしては
1:AsterのHDFファイルの解体
2:フォトショップで画像の切り出し
3:idrisi上で必要なバンドを重ね合わせ
4:UTM座標系で幾何補正
5:DEM画像でスロープの角度と方向を計算
6:メタファイルから太陽高度と方位を計算
7:5と6から衛星の「太陽入射角の余弦」画像と「センサー反射角の余弦」を算出
8:7の二つの画像の偏りの少ないピクセルを探し出して回帰を計算し,ミナート定数を各バンドごとに算出する。
9:7の2つの画像,DEM,ミナート定数を用いて非ランベルトモデルの実行!!!!

こんな感じ。流れは理解できたので後は地道に作業するのみ。しかーし,様々な問題が出てきて大変。でも,こういった作業を地道に進めることでもう少し理解が深まりそう。現在は4で引っかかっている状況。幾何補正はつらい・・・,合わない。
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by shanggelila | 2007-04-14 16:08 | 研究

論文読んだ(3)

論文読みました。
「Mountain geography」,Smethurst, D.,『GEOGRAPHICAL REVIEW』

まんま,mountain geographyというテーマ。読んだ率直な感想としては,「まー普通はこういう風に考えるよね」という部分と,「良かった,僕の考えは間違ってなかったんんだー」という部分半々かな。

概要を述べると,これまでの山地に関する研究の概要をまとめて,今後の山地研究の方向性として,文化地理学と政治生態学を交えた保全科学としての傾向を強めて行くだろうし,それをもっと考えるべきだという内容です。ここでいう保全科学とは,自然環境が中心だけどそれだけではなく,山地で暮らす人びとの生活や文化なども含んでいる。

まず80年代くらいまでのいわゆる垂直利用という考えなどは,文化地理学という分野でまとめることができるそうだ。ただし,この部分に関しては,別の論文では地理学(者)の功績ではなく,生態人類学とかの仕事みたいな感じで書かれていることも多い。まー,この理由としてはかなり静的で安定的なモデルを前面に押し出していることとかも関係するらしいが,文化地理学自体固有の研究方法が確立されている訳ではないので,どっちがどっちかは微妙。ただし,地理的な範囲を単位として扱えばもっと動的なモデルなったのかも知れない。

いずれにしても,こういった標高に応じた生業戦略,土地利用といったモデルはかなり山地の理解に役立ったが,同時にあまりにも静的で安定的であるため,批判も多かった。そこで,政治生態学的な視点を取り入れて,主に山地における商品経済の導入や資源の所有権の推移などを取り上げて,土地利用や生業構造の変化をみようとする動きがおこってきているのだという。

そして現在では,そういった文化地理学で扱われるような地域としての生活,農業や資源利用という側面と,政治生態学などで分析されるような政治的なあるいは社会的な外部からの影響が衝突した結果,現在では環境問題が生じるようになっているというのだ。

つまり,現在,しばしば山地を対象として取り沙汰される問題はこの二つの視点を抜きでは考えられないのだ。違う言い方をするならば,文化地理学的なモデルで解釈できる部分は山地のローカルな側面であり,政治生態学な解釈が求められる部分は山地が受けているグロバリゼーションの波ということで,ローカルとグローバルとが衝突した結果,山地での環境問題ということになるらしいが,こういった理解に落としてしまうと極めて陳腐になるのは仕方ないか。

まー,このようにありがちな言葉で言い換えてしまうのではなく,もっと具体的に山地という場の特性を探っていこうという提案であったので,それは私も賛成です。多分,現在求められているのは,もはや解釈のあーだこーだではなく,具体的な方法論であり,それに基づくデータであろう。

そういう意味では,この界隈でおこなわれている学生の研究は,データだけで考えると十分異常に国際誌に耐えられるレベルにあるのは間違いないと思う。問題は理論の部分なんでしょうね。

いやー,やんなきゃね。
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by shanggelila | 2007-04-07 15:21 | 研究

本読んだ(1)

社会学入門 -人間の社会と未来- 見田宗介 岩波新書 2006

を読みました。日曜日に美術館に行く途中で買って読んでたら,展示よりもこっちの続きの方が気になって,まともにみる気がしなかった。やはり現代アートはどうもね,理屈っぽいというかプロデュース臭いというか。

著者の暑苦しい情熱が伝わってくる名著だと思います。必要に駆られて社会学っぽい論文を読むこともあるけど,必要情報の入手が目的だから全部読むような感じで,面白いと思って読むことはあんまりなかった気がする。社会学の本もおんなじような感じ。でもこの本は違うような気がした。なんというか学問や人生,社会や人間に対する情熱が滲み出ていて,もっと頑張らねばと思わせるような本。

ついつい社会学とかの重要文献でも読み飛ばしている部分多いし,斜め読みの場合とかの方が多い。だから理論的な部分をどうこういうことはできないけど,恐らくこういう先生の1/1000の量でも本を読んでいたら,社会学の論文とかでももっと楽しく読めるのではないかということを痛感した。来年は好き勝手ができる身分なのだから,分野外でも最低限押さえておきたい文献も読んでいこう。社会学,哲学,経済学くらいか,多いな・・・。

情熱をもって考えることの楽しさ,面白さ,重要性を語ることこそが,恐らく学者の役目であろうことを再確認。
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by shanggelila | 2007-03-20 18:03 | 研究