idrisiを使った非ランベルト幾何補正がほぼOK

苦節半月,ついにidrisiという入門用ソフトのしかも古いバージョンを使いながら,お金をかけずにASTERデータの解体,非ランベルト幾何補正という道のりがほぼ終わりを迎えています。ようやく,ここまで来たという感じ。やっぱりidrisiは入門用ソフトだけども,機能的にはerdasとかに遜色はなく,かなり直感的な感じで使い易かったと思う。とりあえずバンド2,3,4だけ加工してみてNDVIとNDWIを出してみたが,なんとなく良く出来てる感じ。今まで陰だった部分もかなり明確に成っている。

しかし,この作業は最終目的までの1作業でしかなく,今後は「土地被覆の教師付き分類」→「そのチェック」という作業が待っている。取り敢えずWGS84の位置データをUTM座標に一括変換してくれる方法を探さないと死ぬな。

現在のイメージ
ASTERの非ランベルト幾何補正

土地被覆分類

遊牧民(家畜)の移動分析,ファクターは傾斜度,傾斜方向,土地被覆,標高など。

これで大分,生態的な材料は揃ってきたような気がする。
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# by shanggelila | 2007-04-23 13:59 | 研究

帰ってきた時効警察

面白いと思う。ほとんどテレビとか見てないけど,これは見ようと思ってた。何というかキャラの濃さが面白いと思う。おふざけが過ぎてよく解らない部分もたまにあるけど,見たくなくなるほどでもなし。適当に深夜に見るには良い感じ。昨日は久々に堀部さんをみたような気がする。

なんというか,いまどきのアイドルみたいな感じのヒトをほとんど出してないところが良いと思う。なんというか,はっきり言って芝居は下手でも構わないのだが,雰囲気と言うか,空気が合ってればそのキャラの個性として見えてしまうのがドラマなのだが,それすらできないのが多いと思う。

特にジャニーズのアイドルとかオスカー系の女優さん達は,何というかはっきり言って自分のチャンネルをドラマに合わせられないというか,違和感がそこかしこにあふれていてどーもね。オスカーと言えば個人的に上戸あや?とかはかわいいとか思うし,メディアへの露出も多いと思うが,何というかこのヒトのファンってほんとにいるのかなーと思わせる感じ。どういったファン層なんだろう?事務所のごり押し?
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# by shanggelila | 2007-04-21 10:39 | たわごと

名前を考えてたんだから履歴書には書いてよ。

カタカナ学部:大学で急増、背景に少子化

大阪市職員400人学歴詐称、大卒者が高卒枠で就職

面白いニュースが二つ。多分,この二つは関係していると思う,なんとなくだけど。上のニュースは,各大学が少子化対策に必死で,学生を引きつけるような差別化を図る名前を考えているらしい。

下のニュースは,せっかく大学を出たのに,就職難のため,なんとしても市役所に入りたくて大学卒を高校卒と偽っていたらしい。しかも400人も。大阪市役所とかは,もはや不祥事は上から下まで伝統芸みたいなもんだから,どうということはないけど。

名前なんてどうでもいいんだけどね,ようは大学で何を教えるか,そして,何を学びたいかでしょう。実際,今の大学教育なんて空洞化していて,何か大学で学んだことが実社会で生きることはほとんどないような気がする。資格をとるようなヒトは別だけど。これでは何のための大学か解らないんだけど,それを如実に表しているのが下のニュースであって,大学を出たことは履歴という点では,一切なんの意味もないということだろう。

なんというか,皆大学に行きすぎていて,むしろ高卒の方が希少価値が高く,就職難の場合にはそちらを偽るという逆転現象になっているのか?

プライドはないのかプライドは,と問いたい気もするけど,今の大学教育ではそこを出たことに履歴上なんの意味も見出せないことは仕方あるまい。シティライフ学科って何さ。
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# by shanggelila | 2007-04-18 12:40 | たわごと

つっこむとこはそこなのか?

正蔵 申告漏れ「どうもすいません」

もと「こぶへい」,現在は改名してなんとか「正蔵」となった落語家?が脱税をしていたらしい。しかし,誰も彼の面白くない部分には突っ込まないらしい。そもそも落語家の名前を親子で継ぐってどうなんでしょう?

そんなもの継いでも面白くない部分はどうにもならないわけで。歌舞伎とかは良いよね,所詮,一般人には上手い下手が伝わらないからね。ある程度,訓練すればそこそこに見えてしまう。が,落語はダメでしょう。面白いと面白くないとが明白。では,名前とともに継がれているものは何なのでしょう?

ほんと,どーでもいいけどね。こういう芸能人とかの二代目は割といるけど,三代目はほとんど居ないような気がするのはなんでだろう?
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# by shanggelila | 2007-04-17 16:14 | たわごと

幾何補正済み。

やっと幾何補正が終了。RMS誤差が0.5までいったんでいいでしょう。もうしんどいったらなんたら,これは。
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# by shanggelila | 2007-04-16 17:21 | 研究

idrisiを用いた非ランベルト幾何補正(メモ)

いずれどっかにまとめるとして,idrisiを用いた非ランベルト幾何補正に関するメモ書き。ATCORとかを用いたらもっと楽だけど,うちの研究室ビンボーだし。Erdasとかもあるけどidrisiの方が直感的に扱いやすい。軽いのでフィールドでの操作も可能。

ソフト:idrisi
材料:Asterの中国北西部の山岳部(オルソ済み,DEM付き)

流れとしては
1:AsterのHDFファイルの解体
2:フォトショップで画像の切り出し
3:idrisi上で必要なバンドを重ね合わせ
4:UTM座標系で幾何補正
5:DEM画像でスロープの角度と方向を計算
6:メタファイルから太陽高度と方位を計算
7:5と6から衛星の「太陽入射角の余弦」画像と「センサー反射角の余弦」を算出
8:7の二つの画像の偏りの少ないピクセルを探し出して回帰を計算し,ミナート定数を各バンドごとに算出する。
9:7の2つの画像,DEM,ミナート定数を用いて非ランベルトモデルの実行!!!!

こんな感じ。流れは理解できたので後は地道に作業するのみ。しかーし,様々な問題が出てきて大変。でも,こういった作業を地道に進めることでもう少し理解が深まりそう。現在は4で引っかかっている状況。幾何補正はつらい・・・,合わない。
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# by shanggelila | 2007-04-14 16:08 | 研究

「DNA」と「家」

「ボランティアの代理母を募集」

どっかのある病院が出産のための代理母になってくれる方を募集しているらしい。その方々が記者会見をおこなっており,代理母出産を希望する卵子提供者の女性と,その女性の思いに打たれたお医者さんが出席して,自分たちの考えというものを語っていた。

女性は涙ながらに,如何に旦那との子供が欲しいかを,医者はこのヒトたちの思いを叶えられない無念さを,もらい泣きしながら訴えていた。

が,正直僕にはこのヒトたちの思いに共感できなかった。多分,性の違い,立場の違いとかも影響しているのでしょうけど,それよりも現実味がないというかなんというか。

「子供を産みたくても生めないカラダ→代理母出産ということ」

僕は遺伝子を見たことがないことがない。多分,遺伝子は概念的なものだったと思うけど,高校くらいで遺伝子の本体はDNAであるみたいなことを習った(今は違うらしい)。じゃー,DNAを見たことがあるかというと,見ているのかも知れないけど,それを認知したかことはない。イメージ的には,二重螺旋のうえにAとかTとかの記号が乗っていて,それがC言語みたいな感じで設計図になるみたいな。後は,ぶったぎられたDNAが電気泳導にかけられてバンドを作ってる写真とかね。

つまり,DNAを実感したことはない。遺伝のことは実感できる。親子が似ているとかね。正直な話,あのお医者がよこしまやつで,なんかのインチキして,女性と子供が遺伝的な関係にないとしても,あの女性はそのことに気付くまい。良く解らないけど,実感できない存在としての遺伝子やDNAの繋がりに何を求めているのか?解らないのは,性の違いからなのか,立場の違いからなのか?それとも,30代くらいの世代ではDNAが実感できるほどに身近な存在になっているのか?

「家」

といろいろテキトーに考えていたら,それと似た事例が身近にもあった。「家」だ。うちの親が良く,「うちは長男をムコに出す気はない,家を継がなきゃいけないんだから」とか言ってた。が,うちの親自体は農家の6人兄弟の末っ子で,継ぐべきなにかが具体的にあったわけでない。が,こういう思いは親以外の祖父母とかにもあったらしく,似たようなことを言っていた。

家には昔,実体があったと思う。親が所有する動産,不動産,権力その他もろもろを引き継ぐことが「家を継ぐ」という行為であったろう。が,今はあるかどうか怪しい。かつて引き継いでいたもののほとんどは,貨幣で置換可能になっており,「家を継ぐ」という言い方にそぐわなくなっている。しかも,昔は多分,家を継ぐことは必ずしも遺伝子を継ぐことではなく,養子をとって家を継いだ話などはいくらでもある。じゃー,継がれていたものはなんなのか?いろいろ研究があると思うが,そこは問題ではなく,うちの親の世代ぐらいまでは,実体のなくなりつつある「家」観念を引き継いでいたことであり,多分,親も具体的には実感していなかったのではないだろうか?

なんか良くわかなくなってきたけど,つまり「家」感の終焉時の実感の喪失と,今の「DNA」感の実感のなさはどういう関係なんだろうか?ひょっとしたら,「家」概念に変わる「DNA」概念の時代が始まっている感じなのか?だとしたら,今後どうなるんだろう?

うわ,何か良くわかんないこと書いてるなー。
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# by shanggelila | 2007-04-13 11:01 | たわごと

つじもとさんは当選していたらしい

先日,うちのガッコのそばを名前を連呼しながら駆け抜けていった「赤い彗星・つじもと」候補は見事当選していたらしい。ちなみに「つじもと」というのは聞き間違いで,正しくは「くにもと」さんらしく,市会議員ではなく府会議員らしい。

あのように名前を連呼しながら街中を駆けめぐる行為が投票と有意な関係にあるのだろうか?今時の有権者はあれを見て「つじもとさん,がんばっとるなー,いっちょ投票したるか!」となるのであろうか?うーーん,どう考えてもそうなるとは思えない。

ひょっとしたら,いろいろな選挙活動をやりたくてそれを封じられている候補者陣営にとって,あーいった行為は自己暗示のためだけのものであり,「こんなにも声を枯らして頑張っている我々,そして我が陣営」というように自らを鼓舞して,精神的な落ち着きを保つための手段でしかないのかも知れない。だって他に活動しようがなければやきもきするだけだもんね。街頭演説とかは本人以外は意味がないし,マニフェストは作って終わりだし。

だとしたら,街頭で叫ぶ候補と叫ばない候補を立候補させて,「叫ぶ」という行為が,どの程度選挙結果に差がでるのか?,そして,候補者とその家族とかの精神状態がどう変化するのか?を実験してみたい気もする。「叫び」の有無と選挙結果には有意な関係はみられないが,候補者の精神状態とは関係があったりするんじゃないの?

まーでも,なんとなく今のような選挙活動はちょっとずつ変わっていくでしょう。今回もその兆しが見えたような気もするけど,それにはやっぱり世代の入れ替えが必要なのかも知れない。
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# by shanggelila | 2007-04-10 17:16 | たわごと

女性系の職場に進出する男性が増えているらしい

そういえば,昨日,女子大に入学した男子がいるとかという記事をみた。まー,半分は下心だと思うが,半分では保育士みたいな職業に就く場合には女子大の方がそういった科目が充実していることが多いためらしい。特に最近は,ほとんど女性の職業であった保育士とかにも,男性が入る場合が増えているらしい。そういえば,大学の周辺でも男の保育士さんが子供を引率する風景をみるようになったような気もする。

子供のときのことを考えてみると,幼稚園の先生はほとんど女性だったような気がする。小学校の先生もほとんど女性で,男性の担任にあたったのは1/6かな。つまり,幼稚園から初等教育にかけてのステージを,多くのヒトは女性によって受けてきたことになる。なんか不思議な気がする。確かに,この時期の子供は扱いが難しいので,それを担当するのは女性の方が向いているのかも知れない。

こういうことって大人になっても影響するんですかねー?昨日は,「男の先生と女の先生ではどっちが好き?」と子供に尋ねる場面があったけど,ある男の子は「男の先生,サッカーしてくれるからー」といっていた。女性の保育士がままごと,男性がサッカーを担当するらしいです。ひょっとしたら,こういう場面って,サッカーの底辺の拡大に役立つんですかね?

それは良いとしても,こういう幼児期くらいの半分の時間を,『男性』性が極端に排除された空間で育ってきたことって,どういう風にヒトに影響するのかなー?こういう部分の研究ってないんですかねー。
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# by shanggelila | 2007-04-09 16:10 | たわごと

論文読んだ(3)

論文読みました。
「Mountain geography」,Smethurst, D.,『GEOGRAPHICAL REVIEW』

まんま,mountain geographyというテーマ。読んだ率直な感想としては,「まー普通はこういう風に考えるよね」という部分と,「良かった,僕の考えは間違ってなかったんんだー」という部分半々かな。

概要を述べると,これまでの山地に関する研究の概要をまとめて,今後の山地研究の方向性として,文化地理学と政治生態学を交えた保全科学としての傾向を強めて行くだろうし,それをもっと考えるべきだという内容です。ここでいう保全科学とは,自然環境が中心だけどそれだけではなく,山地で暮らす人びとの生活や文化なども含んでいる。

まず80年代くらいまでのいわゆる垂直利用という考えなどは,文化地理学という分野でまとめることができるそうだ。ただし,この部分に関しては,別の論文では地理学(者)の功績ではなく,生態人類学とかの仕事みたいな感じで書かれていることも多い。まー,この理由としてはかなり静的で安定的なモデルを前面に押し出していることとかも関係するらしいが,文化地理学自体固有の研究方法が確立されている訳ではないので,どっちがどっちかは微妙。ただし,地理的な範囲を単位として扱えばもっと動的なモデルなったのかも知れない。

いずれにしても,こういった標高に応じた生業戦略,土地利用といったモデルはかなり山地の理解に役立ったが,同時にあまりにも静的で安定的であるため,批判も多かった。そこで,政治生態学的な視点を取り入れて,主に山地における商品経済の導入や資源の所有権の推移などを取り上げて,土地利用や生業構造の変化をみようとする動きがおこってきているのだという。

そして現在では,そういった文化地理学で扱われるような地域としての生活,農業や資源利用という側面と,政治生態学などで分析されるような政治的なあるいは社会的な外部からの影響が衝突した結果,現在では環境問題が生じるようになっているというのだ。

つまり,現在,しばしば山地を対象として取り沙汰される問題はこの二つの視点を抜きでは考えられないのだ。違う言い方をするならば,文化地理学的なモデルで解釈できる部分は山地のローカルな側面であり,政治生態学な解釈が求められる部分は山地が受けているグロバリゼーションの波ということで,ローカルとグローバルとが衝突した結果,山地での環境問題ということになるらしいが,こういった理解に落としてしまうと極めて陳腐になるのは仕方ないか。

まー,このようにありがちな言葉で言い換えてしまうのではなく,もっと具体的に山地という場の特性を探っていこうという提案であったので,それは私も賛成です。多分,現在求められているのは,もはや解釈のあーだこーだではなく,具体的な方法論であり,それに基づくデータであろう。

そういう意味では,この界隈でおこなわれている学生の研究は,データだけで考えると十分異常に国際誌に耐えられるレベルにあるのは間違いないと思う。問題は理論の部分なんでしょうね。

いやー,やんなきゃね。
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# by shanggelila | 2007-04-07 15:21 | 研究